インタビュー

口腔粘膜やヒトiPS細胞を利用した角膜の再生医療の可能性と展望

口腔粘膜やヒトiPS細胞を利用した角膜の再生医療の可能性と展望
西田 幸二 先生

大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学(眼科学) 主任教授、大阪大学大学院医学系研究科 ...

西田 幸二 先生

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角膜は、目の中に外から光を取り入れ、その光を屈折させてピント調節をするはたらきを持つ組織です。私たちにとって、カメラのレンズのような役割を果たしている角膜。この角膜が何らかの原因により傷ついたり濁ったりするとその機能が損なわれ、視力低下などの症状をきたす恐れがあります。大阪大学 眼科学教室 教授の西田幸二(にしだこうじ)先生は、角膜の機能を再建する方法として“角膜の再生医療”に関する研究結果を2016年に発表されました*。これからの発展が期待されている角膜の再生医療について、西田幸二先生にお話しいただきました。

*Nature(2016) doi:10.1038/nature17000

角膜は、眼球の表面を覆っている透明な膜状の組織で、目全体をカメラにたとえると、レンズの役割を果たしています。レンズが濁ったカメラでは写真をうまく撮影できないのと同じように、角膜が傷つき濁ってしまうと、光が目の中に入っていかず、対象物を正確にとらえることができません。この状態を放置すると、最悪の場合、失明する可能性があります。濁った状態の角膜に対して薬による治療が難しい場合は、正常な角膜と濁った角膜を入れ替える治療、つまり、角膜移植が必要になります。

角膜移植は、今から100年以上も前の1905年に、オーストリアのEduard Zirm博士が初めて成功させたといわれる歴史的な治療法です。角膜移植では、ほかの臓器移植と同様に、ドナーから提供された正常な角膜を患者さんの目に移植します。ただし、この方法には2つの問題点があります。

拒絶反応

角膜移植の1つ目の問題は、拒絶反応が起こりやすいことです。

正常な角膜は透明な膜状をしており、人体を構成する組織としては珍しく、血管が存在しません。血管があると、光が入ってこられないためです。しかし、病気や外傷などによって角膜が濁ると、角膜内に血管が侵入してきます(血管新生/血管侵入)。血管が入り込んだ状態でドナーから提供された角膜を移植すると、拒絶反応が起こりやすくなります。移植後に拒絶反応が起こると、もう一度角膜が濁って再び失明のリスクが生じます。

ドナー不足

角膜移植の2つ目の問題は、ドナー不足です。

角膜移植では、脳死あるいは心停止となったドナーから眼球を提供してもらう必要があり、日本ではアイバンクがその橋渡しをします。

角膜の提供を望んでいる待機患者数は国内で2000人程度とされています(2017年時点のデータに基づく)。しかしながら、宗教観や倫理観などの理由から、亡くなった後に目を取り出すということに抵抗を感じるご家族もいらっしゃるため、献眼者数は約800人、移植件数は1400件程度にとどまっている状況です。

これまでに述べた2つの問題点のために、日本の角膜疾患の患者さんは、安全で、十分な治療を受けることができているとはいえません。この問題を解決する新たな角膜疾患の治療法が、角膜の機能を持つ組織を新たに作って移植する方法、つまり“角膜の再生医療”なのです。

ここでは、角膜移植を取り巻く課題を解決するために取り組んできた角膜の再生医療の研究結果についてご紹介します。

:COMETによる治療イメージ(西田幸二先生の講演用資料より)

COMETによる治療イメージ(西田幸二先生の講演用資料より)

私たち大阪大学 眼科学教室では、まず、角膜の再生医療として、自家培養口腔粘膜上皮細胞シート移植(COMET)という方法の研究を行いました。COMETは、患者さんの口の中の粘膜を採取し、その中にある幹細胞を培養して透明なシート状の組織を作り、濁ってしまった角膜上皮の代わりに貼り付けるという治療方法です。

この方法では患者さん自身の細胞を用いて移植を行うため、拒絶反応が起こることはなく、角膜を提供するドナーも不要です。ただし、COMETはあくまでも角膜上皮の機能を口腔粘膜細胞由来のシートで代替する技術であり、角膜上皮そのものを再生する技術ではないため、その代替機能には限界があります。患者さんの状態によっては、移植後の細胞シートに血管侵入が起こるリスクが残されています。

口腔粘膜から作成した細胞シートでは治療の限界があることから、2006年より、iPS細胞(induced pluripotent stem cell:人工多能性幹細胞)から角膜上皮そのものを作成する研究を開始しました。そして2016年3月、ヒトiPS細胞を自律的に目へ分化させる方法を発表しました*。この方法により、角膜をはじめ、網膜、水晶体、中枢神経など、目全体の発生を再現した2次元組織体(self-formed ectodermal autonomous multi-zone:SEAM)をヒトiPS細胞から誘導することに成功しました。このヒトiPS細胞から作成した角膜上皮は、口腔粘膜から作成した細胞シート以上に透明度が高く、正常な角膜上皮と構造がよく似ていることが分かっています。

2019年3月に、本研究の臨床研究計画に対して厚生労働省からの承認を得て、2019年7月にヒトiPS細胞から作成した角膜上皮細胞シートを実際の患者さんに移植しました。移植後1年間の長期的な経過を追跡し、数年後に結果を発表する予定です。

*Nature(2016) doi:10.1038/nature17000

正常な角膜では、皮膚と同じように細胞のターンオーバーが起こっており、入れ替わりのペースは、皮膚より速い2週間に1回といわれています。このとき、角膜の周辺部に存在している幹細胞が新しい細胞を生み出し、角膜の中央へ向けて細胞を供給しているのですが、何らかの原因によってこの幹細胞がなくなると、新しい角膜上皮幹細胞は形成されなくなり、やがて角膜が濁ってしまいます。この状態を総称して“角膜上皮幹細胞疲弊症(かくまくじょうひかんさいぼうひへいしょう)”といい、視力障害や失明に至る恐れがあります。

角膜上皮幹細胞疲弊症を引き起こす原因には、熱傷やアルカリ腐食、および酸腐食などの外傷によるもの、スティーブンス・ジョンソン症候群類天疱瘡(がんるいてんぽそう)といった自己免疫疾患などがあります。また、明確な原因が不明なまま角膜上皮幹細胞が失われ、角膜が濁る場合もあります。

そうした角膜上皮幹細胞疲弊症の患者さんの治療に、角膜の再生医療が役立つことが期待されています。

今後は、角膜上皮の再生医療を製品化することで、世界中の角膜上皮幹細胞疲弊症の治療に役立てていきたいと考えています。また、角膜内皮の再生医療に関する研究も進めていきたいです。
 

角膜の再生医療

iPS細胞による角膜上皮の再生治療は、患者さんの自家細胞を用いる必要のない他家移植という形式で行うため、製品化、大量生産することが可能と考えられます。製品化することにより、より多くの患者さんに角膜上皮の再生医療を適応できると考えられます。

また、iPS細胞から分化誘導された角膜上皮の前駆細胞(ぜんくさいぼう)(幹細胞から特定の細胞に分化する途中段階にある細胞)は、取り出された後に保存することができます。この状態の細胞は輸送も可能であるため、世界各地へ細胞を運んだ後に現地の大学や施設でシート化し、治療に用いられることも期待できるでしょう。

角膜上皮と同じように、角膜内皮の移植においても拒絶反応やドナー不足が問題となっています。そのため、現在、角膜内皮細胞をヒトiPS細胞から誘導し移植する方法についても研究を進めています。

角膜内皮は角膜上皮と同じく、角膜が透明性を維持するために重要な役割を果たしています。角膜内皮の細胞が障害を受けると、角膜に水が溜まって通常より分厚くなってしまいます。この病態を水疱性角膜症(すいほうせいかくまくしょう)と呼びます。水疱性角膜症は、角膜移植の適応疾患の1つです。

今後は、角膜上皮と共に、角膜内皮の再生医療も世界中に広めていくことを目指して、取り組みを続けていきます。