連載新型コロナと闘い続けるために

新型コロナウイルスの感染拡大が引き起こすメンタルヘルスへの余波

公開日

2020年08月25日

更新日

2020年08月25日

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2020年08月25日

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この新型コロナウイルス感染症に関する記事の最終更新は2020年08月25日です。最新の情報については、厚生労働省などのホームページをご参照ください。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関し全国の都道府県に出されていた緊急事態宣言は5月末に全面解除され、第1波はほぼ収束しました。しかし、国内でもすでに第2波が発生し、先を見通すのは極めて困難な状況が続いています。昨年末に「中国で原因不明の肺炎の集団発症」が世界保健機関(WHO)に報告されてから約8カ月。長期にわたる新型コロナとの闘いは、経済への打撃に加えて、人々のこころの健康にどのような影響を与えるのでしょうか。慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室専任講師、岸本泰士郎さんの報告です。

CBRNE災害とは

災害に見舞われた人々の心理的状態が不安定になることは、ある意味、自然なこころの反応といえます。過去の経験から災害時に生じやすい心理的な反応や精神疾患については、よく知られており、▽うつ病(抑うつ気分や気力低下が生じる)▽心的外傷後ストレス障害(PTSD;恐怖の記憶が突然よみがえる)▽身体症状症(原因不明の体調不良が続く)が代表的です。多くの場合、これらは時間の経過とともに、あるいは生活が正常化するに従って軽快するケースが多いことが知られています。

しかし、今回のCOIVD-19のパンデミックは台風や地震といった自然災害とは様相が大きく違うと多くの人が感じるでしょう。化学(chemical)、生物(biological)、放射性物質(radiological)、核(nuclear)、爆発物(explosive)による災害は、頭文字をとってCBRNE(シーバーン)災害と呼ばれており、今回のコロナ禍はこれに分類されます。しかし、今回の新型コロナウイルス感染症は、CBRNE災害の中でも、その規模や、今後も繰り返しが予想されるその経過、自粛生活や経済活動抑制の要請など、あらゆる面で特異であり複雑です。

感染が拡大し始めた4月頃から、不安や抑うつを呈する患者さんを多く診るようになりました。当然のことですが、「リスクが高い」とされる人々にとっては、感染への不安は非常に大きなものです。用心深い生活を送っているうちに、次第に周囲の人や物全てを脅威に感じるようになる人がいます。手洗い、うがいの徹底や、購入した生活必需品のアルコール消毒などに疲れ果て、矛盾するようですが「こんな生活を送るくらいなら死んだ方がましだ」と感じるようになります。

一般に、「病的な不安」に対しては、その基となる「行き過ぎた思考の悪循環」を、「合理的な思考」に修正する治療を行います。ところが、感染力の強いウイルスが相手の場合、病的な思考と合理的な思考との線引きが難しく、やっかいです。ただ、症状が強い人には、抗うつ薬を中心とした治療が効果を示すことが多いため、お近くの医療機関に相談されることをお勧めします。

人との摩擦がメンタルヘルスを脅かす

COIVD-19の流行にともなって医療関係者に対する差別や、感染者に対する中傷が多く報道されています。一家がその地域にいられなくなったというケースもあるようです。人と人との摩擦が、時に災害による直接の影響よりもメンタルヘルスを脅かす原因となることは理解しておいた方がよいと思います。東日本大震災から24~30カ月後に福島県の公務員168人を対象に行われた調査で、うつ病の有病率が17.9%と非常に高かったのです。住民からの強い苦情や怒りへの頻繁な曝露や職務への葛藤がうつ病の原因と考えられたといいます。一般に、組織や地域として「感染ゼロを目指す」というメッセージはこういった差別を助長します。また、感染が周囲に知られることへの恐怖から、検査を受けるべき人の受療行動を抑制することにもつながります。感染ルートが不明な新規患者が増えている現在、明日のわが身と考え、他人を非難するような言動は慎んでほしいと思います。

虐待、依存、自殺…さまざまなリスクの上昇

家庭内での「虐待」も大変心配されます。以前から、地域社会からの孤立や経済不安は虐待のリスクを高めることが知られていました。コロナ禍での休校、在宅勤務、労働時間の短縮や失職といった要因で、虐待者が被虐待者の近くにいる時間が増えること、そのことで被虐待者が外部へ相談しにくくなったこと、児童相談所等からの自宅訪問が控えられていることなど、種々の事象が重なって事態を深刻化させていることは十分に考えられます。被虐待は将来の精神疾患発症のリスクにつながることも知られています。

他にも、飲酒やたばこなど依存物質の使用、ゲーム、賭け事を含む依存的な行動など、不適切なストレスへの対処が増えることも心配されます。

米国大統領の発言で注目されましたが、経済と自殺リスクには確かに関連があります。失業で自殺リスクは20~30%上昇するとされており、コロナウイルスによる経済への打撃とそれに関連した自殺率の変化も既に推計されています。スイスの研究者の報告によると、最悪の場合、世界の失業率は4.936%から5.644%に上昇し、自殺で亡くなる人は年間9570人増加するとされています。

良い影響も?

家族との交流
写真:Pixta


ネガティブな面にばかり目が行きがちですが、すべてが悪というわけではないかもしれません。緊急事態宣言下、自宅で家族とゆっくり食事をした、家族で運動を始めたなど、家族とのコミュニケーションが増えた世帯も多いでしょう。会社でのストレスを感じていた人は、リモートワークで苦手な上司と顔を合わせることが減った、無駄な会議がなくなったなどと、ほっとしているかもしれません。

概して日本人は働き過ぎです。また、個人の犠牲を払ってでも集団に迷惑をかけないようにしようという気持ちが強い傾向にあります。一定のレベルではそれは秩序ある社会の維持に有効で、それが日本の強さや良さだと思いますが、行き過ぎは個人にとっての生きづらさに他なりません。合理的ではないと分かっていながら慣習として続けていたこともあるでしょう。これを機により大切なものを見極められると良いと思います。

SARSの流行終息期の2003年に香港で818人を対象に行われた電話調査によると、回答者の60%以上が感染症の流行で家族の気持ちをより気にかけるようになったと答え、30~40%が「つらいときに友人や家族が今まで以上にサポートしてくれるようになった」「気持ちを共有するようになった」と答えたとのことです。回答者の3分の2でメンタルヘルスへの意識が高まり、約35~40%の人が休息をとったりリラックスしたり、あるいは運動したりする時間を増やしたと答えました。

今回の、いわば強制された生活習慣の変化によって、日本でどんなポジティブな変化が生じ得るのかも見極めたいと思います。

人々はこのコロナ禍をどう生きているのか、世界的な調査を実施中

このパンデミックは近年では類を見ない規模で世界を揺るがしています。フィジカル・ディスタンシング、ニューノーマル。新しい生活様式の中でどんなネガティブな、あるいはポジティブな変化が生じているのか。ワクチンの開発、治療薬の開発は最重要課題ですが、それに加えて、このコロナ禍で、メンタルヘルスにどんな変化が生じているのかを知ることも大切です。▽国による違い▽どんな対処が有効か▽どんな支援が求められているのか――現在、世界50カ国の研究者が参加してコロナ流行下のメンタルヘルスに関する調査が行われており、我々も日本語サイト(編注:「COVID-19の世界的大流行とそれに伴う対策が心身の健康に与える影響の国際調査」)を立ち上げ協力しています。

健全な精神を保つために

スマホで連絡をとる女性
写真:Pixta


災害によって、人のこころがどのような影響を受けるかについて話をしてきました。では、どうすれば健全なメンタルヘルスが保てるのでしょうか。国連の機関間常設委員会による「新型コロナウイルス 流行時のこころのケア(福島県立医科大・前田正治先生監訳)」によくまとめられていますので、ぜひ、参考にしていただければと思います。

  • 危機を感じる状況において、悲しんだり、心配したり、困惑したり、恐ろしさや怒りを感じることは、自然なことです
  • あなたが信頼している人と会話をしましょう。また、友人や家族と連絡をとりましょう
  • 自宅に待機しなければならない場合、(自宅での適切な食事、睡眠、運動、大切な人との交流などの)健康な生活習慣を維持しましょう
  • 家族や友人と電子メールや電話、あるいはソーシャルメディアを通じて、連絡をとり続けましょう
  • 自分の気持ちに対処するために、たばこやアルコール、あるいは違法な薬物を使うことはやめましょう
  • どうにもならないと思う場合には、医療・保健従事者、ソーシャルワーカーなどの専門家や、あなたがいる地域で信頼できるその他の人々に相談しましょう

感染の終息が見えない中、メンタルヘルスへの影響が最小限にとどまることを願っています。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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