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「原因不明」の慢性腎不全、遺伝子解析で解明へ―治療や予後予測で透析先延ばしの可能性も

公開日

2023年02月01日

更新日

2023年02月01日

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2023年02月01日

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20歳以上の国民の約8人に1人、1330万人の患者がおり「新国民病」ともいわれる慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)は、状態が悪化して腎臓がはたらかなくなると人工透析が必要になるため、患者は「透析予備群」とも呼ばれている。現在、透析導入となる患者のうち約14%が「原因不明の腎疾患」である。ところが、最近の研究でCKDの約1割は何らかの遺伝子変異が原因であることが分かってきた。東京医科歯科大学腎臓内科学の蘇原映誠准教授、森崇寧助教らのグループは、遺伝子パネル検査によってCKDに潜在する遺伝性腎疾患の解明を進めている。ただ、既存技術の運用では研究資金の獲得が難しく、情報蓄積と検査の運用費を賄い、研究を推進するためにクラウドファンディングによる資金調達を2023年2月1日から始めた。蘇原准教授に、研究がどのように役立つか、なぜ資金が必要かなどを聞いた。

網羅的遺伝子解析でCKDの10%に遺伝性疾患確認

現在、人工透析が必要な患者数は34万人以上で、透析関連医療費は1兆6000億円程度を要し、国の財政を圧迫している。透析に移行する前にCKDの患者を治療したり、進行を遅らせたりすることができれば医療費の圧縮にもつながる。

腎臓は体の中にたまった老廃物を血液からろ過し、尿として体外に排出する。そのはたらきが低下した状態がCKDで、食欲低下、吐き気、だるさ、疲れやすさ、記憶力低下といった「尿毒症」の症状が現れる。さらに悪化して腎臓が自力ではたらかなくなると、機械によって老廃物を除去する人工透析が必要になる。

これまでCKDは高血圧や糖尿病、肥満などの生活習慣病がきっかけとなって発症するものが多いと考えられてきた。一方で新規透析導入患者の約14%は腎不全の原因が不明とされ、研究が進められている。

蘇原准教授と森助教らは、次世代シーケンサー(NGS)技術による網羅的な遺伝子解析により、CKDの遺伝子背景を研究している。ここ数年で、CKDの発症には遺伝子素因が想像以上に多くの関わりを持つこと、成人CKD患者の約1割は単一遺伝子の変異によるもので、大半は7種類程度の限られた遺伝子が原因であることが報告されてきた。蘇原准教授と森助教らは、ある医療機関グループを対象に透析に至った腎臓病の原因が不明の92人の患者の網羅的遺伝子解析をしたところ、10%ほどで事前に診断されていなかった遺伝性の疾患が確認されたという。

そうして発見された「隠れた病気」のうち、ファブリー病という遺伝性の希少疾患は細胞内小器官の1つ「ライソゾーム」内のある酵素がはたらかなくなったり欠損したりして発症する。現在では正しく診断できれば、不足している酵素を投与する「酵素補充療法」で治療ができる。ほかにも「ネフロン癆(ろう)」という遺伝性の希少疾患が見つかったケースもあった。ネフロン癆は従来、若年成人期までに末期腎不全に至ると考えられてきたが、蘇原准教授らの研究で成人になってから発見されるケースがあることが確認された。

網羅的な遺伝子解析は、このように「原因不明」とされるCKDに隠れている病気を明らかにし、適切な治療につなげて透析に至る時期を遅らせたり、根治法が確立していない場合でも予後を予測できたりする可能性にもつながる。

予後予測、治療薬選定に寄与

次世代シーケンサーとは、大量の遺伝子情報を高速で解析する技術だ。2010年ごろから研究機関や大学病院を中心に普及し始め、その影響もあって多くの疾患原因遺伝子や疾患を引き起こす遺伝子変異が明らかになっている。森助教を中心として、腎臓病の原因になり得る237遺伝子をカバーし、1度の検査で確定診断を目指す遺伝子パネル検査を確立した。2014年から運用を始め、全国100以上の施設との共同研究によってこれまでに1200件以上の解析を行い、腎臓遺伝病学の進歩に寄与してきた。

こうしたデータを蓄積することで、

  • CKD患者の中にはどのような遺伝性腎疾患がどのくらい潜在しているのか(正確な診断)
  • 同じ、または近い遺伝系の患者の腎機能がどの程度のスピードで悪化するか(予後予測)
  • どのような薬を使うべきか、あるいは使わないべきか(治療薬選定)

――などに関する新しい知見の発見を目指している。

今のところ、パネル検査で確定診断に至る割合は60%程度にとどまる。これは、遺伝子解析技術の課題に加え、いまだに認知されていない新たな原因遺伝子が存在する可能性もあるためと考えられる。そこで、残る40%の患者については2万種類の全遺伝子を解析することで新しい原因の発見も目指している。

問題は「既存技術安定運用」の資金確保

運用を続けていくうえでの課題の1つが「維持費」だ。前述のネフロン癆のような病気そのものの研究には「科学研究費助成事業(科研費)」などの資金が得られるが、システムの維持費など「既存技術の安定運用」に対しては研究資金獲得が困難なのが現状だ。

そこで、クラウドファンディングによる運用維持費の獲得を目指すことにした。

蘇原准教授は「日本中から遺伝子解析の依頼を受け、そのニーズは今後ますます増えていくと考えます。より多くのデータを蓄積することによって腎臓病と遺伝子の関わり、さらには治療法につなげてゆく努力をしていきたい。その礎となる資金を募るためクラウドファンディングを立ち上げました。多くの方にご協力いただきたい」と話す。

クラウドファンディングは2023年2月1日~3月31日までの予定。目標は1000万円で、到達しなかった場合はクラウドファウンディングが成立せず、返金する。

詳細はクラウドファンディングのウェブサイト
 

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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